アイデアの量は移動した距離に比例する。

OWNDAYS香港の代表である濱地さんのブログをパクッて書いてみる。というか、このタイトルはもともとうちの社長が書いたブログのタイトルだ笑。

▼OWNDAYS社長のブログ▼

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▼濱地さんのブログ▼

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学生時代はたくさん移動させてもらった。

そう、親のスネがなくなるくらいまでかじり倒し、お金かけて留学させてもらったし、旅もさせてくれた。もちろん自分でバイトしてってのはやってたけど、留学中は完全にお世話になった。

思い返せば、大学一年の時は夏休みにフロリダへ短期留学。そこで、味をしめた僕は、英語をつぶすなら今(=学生時代)しかない!と思い、学内留学制度を使って立命館アジア太平洋大学へ一年間学内で留学。少し説明すると、僕が卒業した立命館大学は、姉妹校として大分の別府市に立命館アジア太平洋大学がある。その大学はとてもユニークで、わかりやすくいうと↓↓↓こんな感じで、とても国際色の強い大学だ。

・学生の半分が留学生

・彼らは日本語か英語のどちらか、もしくは両方話せる

・日本語・英語の授業がありどちらも選べる(会計学の講義が英語でも日本語でもある感じ)

 

とまぁ、こんな大学が国内にあり、そこに交換留学みたいに行ける。もちろん単位も取れる。もう何十か国という国からの留学生がいるから、「普通がないことが普通」みたいなことを肌でたくさん経験した。寮に住んでいたから日常的に英語にも異文化にも触れ、今中の良い友人の一人であるウズベキスタン人のベカや最近連絡取り合ってないけど、韓国人のヒョンチョルやヨシ、若干癖のあったナイジェリア人のローレンスとも出会った。

そこでさらに味をしめたぼくは休学して海外に留学することを思いつく。というかそれが当たり前のような環境だったので、自然と親に相談していた。そこで、とりあえず大学生2回生(関西では「年生」ではなく「回生」という)を終えたらすぐに、カナダのバンクーバーに飛び立った。ルームシェアして、韓国人のルームメイトに出会った。

そこで半年過ごしたあと、やっぱりアメリカにいきたい、ニューヨークに行きたいと思って、カナダにあるアメリカ大使館で学生ビザを申請し、9月にはニューヨークのブルックリンにいた。そこで、語学学校やカレッジで1年半過ごした。NYを起点に、ワシントンDC、ボストン、ラスベガス、メキシコ、ロサンゼルス、とたくさん旅をさせてもらった。ちなみにこのころには親のスネはなくなってただろう。親のスネだけじゃなく膝も足首もをむさぼっていたのが、そうこの僕だw。

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留学先でのサッカー部(さて僕はどこにいるでしょ~か?)

この時が多分、人生で一番「移動」していた時期の一つだと思う。国から国、州から州へもそうだし、街から街へもそう。隣町にいくとNYはがらっと雰囲気が変わる。たくさんの友人に出会い、いろんな街へ繰り出した。特に危ない目にはあってない(それか酔っぱらって気づいてないだけか)。まぁ、ひったくりにはあったけど、盗られたのはデジカメくらいだったし、致命傷は一切負わない範囲だった。この時はいろんな刺激を受けたし、考えさせられた。そして、留学を終えてからも、そこで出会った友人たちを訪ねに、ドイツ→フランス→スペインと数週間かけて旅行して回ったこともとても刺激的だった。いろんな考えを受け入れる土台が自分の中でできたとは思う。

本当は仕事でもそういう働き方をしたい。海外を飛び回ってとか、新しいことに触れ刺激ある人生を送りたい。でも今は子供を見なきゃいけないので、そういうわけにもいかない。物理的に移動はできない。いやいや、そこで腐っていてもしょうがない。いまは、インターネットがある。SNSがある。本がある。Youtubeがある。五感全てで感じることは難しいけど、文字や絵、映像、音を通じて、目や耳で情報は仕入れられるはずだ。あとは、常に目の前の当たり前を疑うこと。みんなやってるよ、っていう言葉を信じないこと。そういうことから、移動距離をカバーしていかなきゃな。

それとまた視点は変わるけど、最後にこれも。

常識を疑う、ということで言うと、子供はすごい。常識なんてない、当たり前なんてない、その子がしたいこと、それがすべてだ。世界を狭めるなんていうけれど、それは捉え方次第。逆に広げてくれる。そんなブログも書いたから、ぜひ読んでほしいな。

www.norrya.com

 

ではそんなところで。なんか思い出話っぽくなった笑。 

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